最新のトラックバック
【感想紹介】Populo..
from 川瀬浩介 blog 生きる。
[1日目] 2006/0..
from 俺の旅ログ
杉本博司 時間の終わり展
from PUYAN'S BLOG ~..
"街"あるいは"都市"の..
from 〜Double Rainbow〜
和辻・オギュスタンベルク..
from 日々これケセラセラ
リンク
0 5 7 1  A lacks B 
ここのところ、ある種の「欠落性」ということについて、ぼんやりと考えはじめている。

つまり、ひとつの慣習的に完結したあるべき全体的なイメージから、われわれがあるものが「欠落している」と意識するとき、その「欠落性」に対して、われわれは「全体性」とは別種の有効な意義を認めることがある。あるいは「全体性」とは別種のなにがしかの意義を予見して、「欠落」を作為的につくりだすこともある。

どちらにしても、その「意義」というものは、当然「全体性」に対する意図的なアンチテーゼであるときもあるし、そういうところとはまったく無関係なものであることもある。

そういうのを全部ひっくるめて、「欠落性」とはいったいなんなのだろうかということ。そして欠落性が「有効な意義」たりうる臨界/限界はどこにあるのだろうか、というところまで。

「構築」とも「崩壊」とも「破壊」とも違う、「欠落」、「欠損」、「欠如」、「欠乏」。それにたいする、作家の介在性、非介在性。まだうまく言葉にできないのだけれど。
[PR]
by frdmoptn | 2008-02-10 23:10
このページの一番上へ

Copyright © OSADA,Tatsuro. All Rights Reserved. Top