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0 5 5 4  カンデラ 
灯台が興味深いのは、

海と陸地という、排反するふたつの世界の中間に立っていながら、しかも、その実用的側面はほとんど海の世界に向けられたものでありながら、そこから発せられる光筋は、両者関係なく、そのふたつの部分から構成される世界の全体を、無遠慮/無差別/無関心に照射し、切り裂いている点だ。

漆黒の暗がりのなかへ行き渡り消散していく強大な光の圧力は、どのくらい遠くまで届いていくのかはわからないけれども、見方を転換すれば、漠としてへりのみえない世界の広がりの中にコロイドのように分散していた光の粒子がしだいに凝析しはじめて、その一点をクライマックスとして凝集し、逆巻いているようにも見える。

彼のみが孤高である。

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# by frdmoptn | 2007-12-15 18:21
0 5 5 3  sublimed GL 
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広大な空地のもっとも端部で、GL+0 が切開される。固体が液体を経ずに一瞬にして気体へと相転移するかのようにしてそこに開示された空洞は、地下でもなく地上でもなく、GL+0 の昇華物で満たされている。

+ site +

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0 5 5 1  untitled
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# by frdmoptn | 2007-12-14 23:34
0 5 5 2  ギャラリー×5 
昨日観たものを順番に。

# Jan Van Oost/"il sogno di Dante" (ダンテの眠り)
http://www.nca-g.com/ja/exhibitions.html
ダンテ「神曲」をテーマにした彫刻およびドローイング、それぞれ数点。はいったとたん、一瞬ぞっとするような光景に出くわす。それがどういうものなのかここには書かないけれど、それをしばらく観ているうちに、以前五十嵐さんが指摘していた、アーティスト・やなぎみわの、「希望も後悔もない世界で静かに暮らそう」という言葉をふと思い出す。なにか究極の基底の地平(=僕の問題系における「闇」)のようなもの。生でもなく死でもない。光でもなく暗闇でもない。

# 柴田敏雄 作品展/"Work : Man"
http://www.zeit-foto.com/exhibition/index.html
「構築の意思」、という僕なりの問題意識のフレームで言うと、いわゆる「建築」には、つねに永続して「フラットな」意思があり、土木構築物には、「減衰するグラジエント」がかかった意思がある。後者に特有なのは、つねにその時点の減衰量に比例するだけのなにがしかの別種の「意思」がそこから放たれて、また同時にその消失分にたいして僕らのほうからもある「まなざし」が向けられているということだ。そのうちにグラジエントは、ある絶対的な「基底」へと到達するにいたる。とても感覚的な話だが、僕が作りたいのは、たとえばそんなグラジエントがかかった構築物だ。

# 杉本博司/"漏光"
http://www.gallerykoyanagi.com/exhibition.html
「露光時間」という概念が示唆深い。森美術館の回顧展をもう一度みたい。
- 人間の眼を写真機という機械になぞらえてみると、水晶体がレンズ、網膜がフィルム、瞳が絞りということになる。ではシャッターは眼の何にあたるのだろう。シャッターはカメラにとって重要な装置である。刻々と変化していく現実、とらえどころなく流れていく時間、に対して毅然とした態度で時間に線を引き、見るものを決定する。漠然としていた実像としての現実は、この事によってはっきりとした方向性と意味を与えられた虚像としてフィルムに定着される。シャッターを持たない人間の眼は必然的に長時間露光となる。母体から生れ落ちて、はじめて眼を開いた時に露光ははじまり、臨終の床で眼を閉じるまでが、人間の眼の一回の露光時間である。/『苔のむすまで』, 杉本博司

# JAUME PLENSA/"SILENT VOICE"
http://www.tamada-pj.co.jp/art/exhibition.html
広い倉庫、白熱灯のごく限定的な光に照らされただけの展示空間のなかで、運よく鑑賞中たまたまずっと一人だったのがとてもよかった。自分の足音しか聞こえない暗がりの中で作品と対峙。強烈だった。ここしばらくみた展示のなかでもっともオススメ。

# 石川直樹/"POLAR"
http://www.scaithebathhouse.com/ja/exhibition/data/071116naoki_ishikawa/
凍てついた世界の中では、たとえば橋の鉄、家々の屋根、岸壁のコンクリート、あるいはライトの照度までが、激しい視覚の強度をともなって迫ってくる。SCAI THE BATHHOUSEは初めていったけれど、改修にもうちょっとやりようがあったんじゃないかと思った。もったいないという印象。
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# by frdmoptn | 2007-12-13 15:24
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# by frdmoptn | 2007-12-10 05:21
0 5 5 0  アンジェリコ 
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フラ・アンジェリコ 《最後の審判》 (部分)

とあるマイミクの方(芸術学校の大先輩)から、最近何度かメッセージをいただくことがあって、鈴木了二における建築とは(「物質試行」とは)実は何なのか、あるいは、「零」、「闇」、「不吉さ」、といった鈴木了二特異のタームの意味とな何なんだろうかということについて、独自のトポロジー的(?)解釈論を聞かせていただいている。

ここ一ヶ月間くらいの間に、何度か段階的にメッセージをいただいているのだけれど、なにかとても上質な個人レクチャーを不意に無料で受けさせてもらっているというかんじで、大袈裟なことを言えば目の覚めるような啓示を受けた気分というか、ありがたいことこの上ない。(結構衝撃が強くて、僕はその都度なかなか適当な返答ができていない。)

そしてこれをきっかけに、鈴木了二の全著作・言説を一気に読み返している。(去年の年末も鈴木了二を集中砲火的に読んでいた気がする。)

そういえば、ドミニク・ペローにおける地下とは「セックス」であって、(ペロー曰く)安藤忠雄の地下とは「表面にすぎないもの」であり、つまりさらに僕なりの体験の下で再解釈すれば安藤忠雄の地下とは"「深度ゼロの地下」なんだよ"、ということを、昨日友人と囲んだ鍋の席で、もうほとんど今日の明け方くらいに話していた覚えがあるけれど、となると、鈴木了二の地下とは、、とてつもなく"不吉な"現象性をまとって立ち現れていることになる。

たとえば金刀比羅宮の、斎館棟地下のホワイエへと降りる階段の途中で見た(というかほとんど"目撃してしまった"、)、絶対水平の結界スラブの直下に展開するあの衝撃的な世界の光景の意味が、いまようやく見えてくる。

- 地下は闇と光が出会う場所だ。(中略)表土の下、約6メートルあたりに山の岩盤がある。地下のレベルは、その岩盤が決めた。階高のある人工地盤の下に生まれた半外部の空間は、われわれがただ掘り出しただけだ。(中略)この半外部空間では、内部であることが外部であるような、立っていることが吊られているような、室内であることが都市であるような、闇であることが光であるような、どこかで何かが反転している。
鈴木了二 《物質試行47 金刀比羅宮プロジェクト》, 新建築 2004年9月号

それにしても、しばらくは了二先生の前で「闇」なんて軽々しく言えたもんじゃない。(僕の「闇」が、鈴木了二の「闇」と同一ではないとしても。)

***
- 「アンジェリコ」は、「光」と「闇」とが「へり」で張り合わさったものと同値である。
/「アンジェリコの建築と『最後の審判』」, 鈴木了二 『建築零年』

- つまりファインダーのなかで垂直/水平を整えられた光景は底抜けにどこまでも明るく、そのいっぽうで、現場の足元から立ち昇る気配は不気味なほど暗いのだ。その裏返ったような世界。白日の闇。(中略)シャッター音を鳴り響かせる当の写真家のまわりには、カメラの視覚から排除された不吉な闇が立ちこめているに違いない。
/鈴木了二 「ミースの建築を写真に撮ること」, 建築文化 No.615 1998年1月号

- もはや状況的内部/外部もない。状況の絶対性への不信と建築。水飴のように引き伸ばされたそれらの乖離。クレバス。そこに入り込んだ異質な他者としてのヘビ。彼だけが体現できるなにか。ヘビは建築ではない。
FRDMOPTN 0 4 5 2  ヘビは建築ではない
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# by frdmoptn | 2007-12-09 01:20
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